マーヴィン・ゲイ

マーヴィン・ゲイ(1939年4月2日~84年4月1日)
「ホワッツ・ゴーイン・オン」「レッツ・ゲット・イット・オン」「悲しいうわさ」

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悲しいうわさ

この作品を最初にレコード発売し、全米2位の好結果を
はじき出しだのはグラディス・ナイト&ザ・ピップスである。
マーヴィンの作品はそのグラディスからまだ1年にも満たない時期
に発表された。

かなり大胆で無謀なリメイクと思われるが、本当は彼のこの作品の
ほうがグラディスより、先に制作されていた。

さらにミラクルズはマーヴィンより早く録音するが、アルバム収録曲
で注目されず、次にアイズレー・ブラザーズが2番目にこれを歌ったが、
その作品は発売が見送られた。

そしてマーヴィンの作品は厳密には3番目に録音され、初のシングル
発売かと思われたが、モータウンの意向でグラディス版が先発した。

作品はリバイバル4度、カバー版も数多い。

愛のゆくえ

マー ヴィンは同じ黒人男性歌手のサム・クックを尊敬していた。
いつかは彼のようにR&Bの枠を超えた本格派の大人の歌手
=エンターテイナーになることが目標だった。

そして本格派の歌手への転機になうた作品がこれだ。

作品作りにはフォー・トップスのメンバー、レナルドも特別に参加、
このクールで知的なラヴ・ソングが完成した。

デヅイッド・ヴァン・デピッテが編曲、マーヴィン自身の
プロデュースで、70年6月と7月、合計5度にわたる録音
からベスト・テイクがレコードで発売された。

ファンの反応はよく、全米2位。 87年シンディ・ローパーで
リバイバル、ダニー・ハザウェイ、ウェザー・リポート、
実弟のフランキー等がカバー版を発表した。

Sexial healing

マーヴィンは61年の歌手デビュー以前モータウン・レコードの
セッション・ドラマーだった。 

ドラマーより歌の才能を買われ、彼は尊敬するサム・クックを
目標に、以後40曲以上のヒットを記録する。

81年まではモータウンで、翌年からはコロンビアに移籍し、
発表されたマーヴイン久々のベスト・ゼラー・ヒット曲が、
この軽いリズムのホップでホットなバラードだ。

すでに完成していたオデルの、レゲエ調の演奏に相応しい
歌詞を付けたいと考えていたマーヴインが、友人達とポルノ
について議論していた時に思わず口をついて出た歌の題名が
きっかけで書かれた。

2年後事故死したマーヴィンの遺作ヒット、エル・デバージが
トリビュート作品でこれをカバー。