渥美二郎 YouTube

流しで鍛えた執念が実らせた実力派歌手である。

渥美二郎は、十六歳から流しをしていて、二十四歳で一念発起、
遠藤実の門下生になった。

昭和五十一年「可愛いおまえ」で、デビュー。翌年「花流浪」を歌い、
「ヒット間違いなし」とみられたが不発に終わった。

三度目の正直で、満を持して五十三年二月、星野栄一作詞・遠藤実作曲
の「夢追い酒」に勝負を賭けた。

流しで鍛えたノドにはぴったりの遠藤メロディーで、「絶対にヒットする」
の確信はあった。

だが、「夢追い酒」も、夢ばかりが先行して、売れゆきはさっぱりたった。

年齢は二十六歳になっていて、若くはない。渥美の焦燥感は強かった。

そのいらだちの中で「これだけいい歌が売れないようなら、レコード歌手
をやめよう」と、元の流しに戻る覚悟を決めた。

その背水の陣を決めると、自分の力で出来る限りのことはやってみようの
ファイトがわき、全国の有線放送局、レコード店を片っぱしからまわること
にしたのだった。

それも、ただまわることではなく、「渥美二郎」と「夢追い酒」の曲名を
赤い刺繍で縫った派手なたすき掛けをして、街頭は当然のこと、飛行機の
中でも、たすきを外さない徹底ぶりで、一年間に北は北海道、南は沖縄
までを五往復したのだった。

渥美二郎のこの執念と、有線放送局廻りは、じわじわと効きはじめた。
昭和五十三年の暮れには、日本有線大賞敢闘賞と努力賞が贈られ、年明け
とともに、日本の北から南まで五往復した効果が、一気に爆発。

レコード店からの注文が、一日に万単位で舞い込む日々となって、酒で
悲しさをまぎらわす日々には遠い、よろこびに変わった。

遠藤実の作曲した歌は(千昌夫の「星かげのワルツ」「北国の春」
こまどり姉妹の「ソーラン渡り鳥」渡哲也の「くちなしの花」にしても、
初めは売れ足が鈍かった。

作曲者白身もそれを承知していて、私に、
「僕の歌は、じわじわと売れて息が長く歌われます」
と、語っていた。

ある調査では、後世に残したい十曲のうち三曲を遠藤節で占める実力者
だけに、大衆の心の琴線に触れる独特のトーンを持っていたのであろう。

渥美二郎の「夢追い酒」も最終的には、百八十万枚を越える
超ビッグヒットになっていた。

彼はこの歌で、第二十一回日本レコード大賞・ロングセラー賞を獲得する。

「夢追い酒」の大ヒットの後、渥美二郎は「忘れてほしい」「いたわり」
「他人酒」「想い出のひと」「釜山港へ帰れ」「おまえとしあわせに」
「ふたりの明日」「浪花夜景」「面影みれん」「ほろり酒」「男の船路」
「幸せとまれ」「おそい春」「恋みれん」「望郷波止場」と、
そのタイトルからみて、演歌の本道を行く歌ばかりを出している。

流しで鍛えたノドで玄人受けする歌手だけに、一曲ヒットすれば息が長い。
「夢追い酒」は、カラオケで一世代後も歌われつづけている。