マイケル・ジャクソン YouTube

この作品は80年代前半のダンス音楽におけるエポック・メイキング
なものとなった。

とくに注目すべき点はロック・ギタリストのエディ・ヴァン・ヘイレン
の無報酬参加だった。

エディがこの作品の録音に参加することになったのは、プロデューサー
のクインシー・ジョーンズのアイデアから。

クインシーがエディに依頼の電話をした時、接続状態が悪く、うまく
連絡がとれなかった。

実現は不可能と思われたが、その後、最悪の事態は回避され、しかも
エディはノー・ギャラでも参加したいと言った。

このビデオ・クリップはマイケルが自腹をきって制作。

アル・ヤンコビックはパロディ版の「イート・イット」を制作、当時の
人気と話題を独占するビット曲になった。

7曲のシングル・ヒットと83年のグラミー賞受賞、プラチナ・レコード・
セールスと初の全米1位アルバム、「スリラー」は記録ずくめの作品だった。

このアルバム・タイトル・シングルは順位こそ4位だったが、
プラチナ・レコードと特殊メイクと凝った演出のビデオ・クリップを制作、
ポピュラー音楽の新たな魅力を多くのファンに強くアピールした。

「スリラー」のビデオ・クリップ制作には、「アニマリレ・ハウス」や
「狼男アメリカン」等の映画を監督したジョン・ランディスが招かれ、
クリップと同時にメイキングを含む短編映画に仕上げられ、83年の
クリスマス・シーズンにタイミングを合わせ、作品は発売され、
センセーショナルな話題と人気を集めた。

自作、プロデュースで自らの全米1位ヒットを連続して発表してきたマイ
ケルが、他のアーティストが書いた作品を歌いチャートの頂点を極めた異例
の楽曲である。

作者はR&B黒人男性歌手のR・ケリーで、マイケルのこのヒットに先駆け、
「バンプ・アンド・グラインド」で自身初の全米1位シングルを記録している。

マイケルがソロで記録した通算14曲目の最もランキング上昇率が高い、
ポピュラー音楽史上初の全米シングル・チャート初登場1位の
ホップ・バラードである。

作者のR・ケリーは平均して年1作の順調なペースでソロ・アルバム、
自身のヒット曲を発表しているが、マイケルに書き贈ったこの楽曲は、
彼はいまだに録音していない。